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敦盛 Atsumori 林能楽部05 敦盛 Atsumori 林能楽部05

修羅物

作者 世阿弥
出典 「平家物語」巻九 ”敦盛最後の事” 「源平盛衰記」巻三十八

若くして命を落とした平敦盛と、その命を奪った熊谷直実、出家して蓮生となった二人が一夜の邂逅をはたす。笛の名手であった敦盛を連想させる巧みな演出と、敵味方であった二人が友となる世阿弥作の夢幻能。

役 cast
前シテ 草刈男
後シテ 敦盛の亡霊
前ツレ 草刈男
ワキ 蓮生
あらすじ

一ノ谷の戦いで16歳の若さで亡くなった平敦盛。彼を討った源氏の武将・熊谷次郎直実はあまりの若い死を悼み戦の後、出家します。ある日弔いに一ノ谷へ向かった蓮生は、笛を吹く草刈り男に出逢います。彼こそ敦盛。夜になると往時の美しい武将姿で現れ、敦盛の弔いを続けた直実に「悪人の友を捨てて善人の敵を招け」との言葉通り、今では敵ではなく「法の友である」と伝えるのです。さらには平家の都落ち、己が討たれた時の様子を語ると去っていくのでした。死を悼み、亡き人の想いを知る一夜の邂逅です。

ストーリー ストーリー

①蓮生、一の谷へ向かう。

夢の世に生きていると急に悟ったのですが夢の世を捨てればうつつに戻るのでしょう。
私は武蔵国に住む熊谷次郎直実と申す者、出家して今は蓮生と名乗っております。
一ノ谷の合戦にて平敦盛を手にかけ、あまりにその姿がおいたわしく、出家しこのような姿となりました。これから一の谷へ向かいご菩提を弔いたいと思います。
月下都を出て、淀山崎、昆陽の池、生田川を過ぎ須磨の浦、一ノ谷へと到着したのでした。
まるで昨日の事のようにありありと昔の事が思い出されます。また山手の方より笛の音が聞こえてきます。この辺りの事を尋ねてみようと思います。

注)平敦盛:
平清盛の弟、経盛の末子。笛の名手と言われ、祖父・忠盛が鳥羽院より賜った名笛「小枝(青葉)」を譲り受ける。平家一門として一ノ谷の戦いに参加するも熊谷次郎直実に討たれる。16歳であった。(年齢は諸説あり、およそ15~17歳)

注)熊谷次郎直実:
武蔵国(埼玉県熊谷市)の武将。石橋山の戦いを契機に平家から源氏方となる。敦盛との一騎打ちは平家物語の中でも有名なシーン。敦盛があまりに若いことに気づいた直実が逃がそうとするも、すでに後ろには源氏の兵が迫っており、助かる見込みはないだろうと泣く泣く首を斬った。後に出家して法然の門徒となり「蓮生」となる。京都嵯峨にある法然寺は蓮生の建立。

②夕暮れ時、草刈男たちが家路に着く。

草刈の笛の音が野風になって吹かれていく。夕暮れ時に家路につく草刈の私達は山に入ったり、浦に出たりと忙しなく生きています。もし消息を尋ねる人があれば、在原行平の和歌にあるように”焼いた塩から雫がこぼれる落ちるように、私も泣いて侘しく生きている”とでも答えましょう。ただあまりに疎遠になってしまったので、最早誰も知る人はいません。憂きに任せて日々を送っています。

③蓮生が草刈男に話しかける。

蓮生が現れた草刈男たちに声をかけます。また笛の風雅な音に、「笛を吹いていたのはあなた方か」と問いかけます。草刈は「木こりの歌、草刈の笛は『樵歌牧笛』と言われ、歌人の歌にも詠まれるほど。どうぞ身に似合わぬ優美さを不審には思わないでください。」と蓮生に言います。
「確かにそれはそうである。樵歌牧笛とは憂き世を渡る為に心をなぐさめる一節から生まれたもの、」
「そうです。名の通った笛は多くありますが、草刈の吹く笛であるなら『青葉の笛』とでも言いましょうか。ここが住吉であれば『高麗笛』になりますがここは須磨なので『海士焼残』でも良いかもしれません。」

*敦盛が一ノ谷で船に乗り遅れたのは父から譲り受けた名笛「小枝」を取りに戻ったからと言われており、この後、笛の詞章が続くことによって草刈男が敦盛である事が暗示されています。「青葉の笛」は名笛の銘。「高麗笛」は『夫木和歌抄』にある和歌から住吉に拠り、「海人焼残」は海人が塩を焼いた際の灰に残っていた竹から作ったと言われる名笛。

装束・前シテ:紺地江戸段熨斗目 萌黄地水衣

④一人だけ残る草刈男が十念を望む。

草刈男たちが去りますが、一人だけ残る草刈がいます。蓮生が不思議に思うと、草刈は「私はお僧の念仏の声を頼りにやってきました。どうか十念を授けてください。」と頼むのです。十念とは「南無阿弥陀仏」を十回称えること。草刈は十念を授かると蓮生の毎日毎夜の弔いに感謝し、自分こそその回向を受けている者だと言い残し消え失せたのでした。

⑤(間狂言)須磨の浦人が一の谷の戦いを語る。

須磨の浦人が、平家が追い落とされて一ノ谷にきたこと、敦盛が笛を取りに戻って船に乗り遅れたこと、敦盛と直実の戦いの様子などを語ります。

⑥敦盛と蓮生、友としての邂逅

蓮生が夜もすがら敦盛の菩提を弔っていると、敦盛が往時の姿で現れます。
「こんな夜更けに須磨の関守のように起きているそなたは誰ぞ。蓮生、敦盛が参ったぞ。」
二人は往時には叶わなかったやりとりを交わし、あの頃は敵同士であったが今は仏法を志す真の「法の友」となったと、また敦盛は「悪人の友を避けて善人の敵を招けとは蓮生のことであったか」と感謝するのです。そして生前の所業の懺悔の夜語りをしようと、平家の話を始めるのでした。

装束・後シテ:赤/紅地源氏香ノ図に蝶文様縫箔、白/白地波に楓紋大口、紺/紺地平家蝶紋様長絹

⑦敦盛、平家の都落ちと一ノ谷の合戦を語る。

「春に花が樹上に咲くのは菩提が向上心を持って菩薩を求めること、秋に月が水底に沈むのは菩提が下界に現れ衆生を救おうとするお姿を表している。しかし平家一門は…」
敦盛の語りは始まります。
「一門が棟を並べる有様は朝顔が1日で咲きしぼむのと同じ光景だった。たった二十余年で平家の時勢は過去のものとなった。寿永の秋には都落ちとなり、一枚の葉のように船に浮く我々は、夢の中ですら都に戻ることは叶わなかった。」
敦盛は続けます。「春の頃には一ノ谷に移り、須磨の人々と寝起きする生活となり果てた姿は悲しいものであった。そして如月の六日夜、父経盛がみなを集め今様を謡い舞い遊んだのである。」
蓮生も思い出します。「あれはその夜の遊びだったのですね。こちらの陣にまで優雅な笛の音が聞こえて‥」
「それこそ私が最期まで持っていた笛の音色だ。皆で謡い遊び、今様を朗詠して‥」と敦盛は当時の有様を思い出し舞い始めたのでした。

⑧敦盛からの感謝

敦盛はその翌日の最期の時の話を始めます。
「安徳天皇の御座船を始め、一門みなが海上に出た。が、私は乗り遅れすでに船は遥か海上にあった。あまりのことに波打ち際で呆然としていた。」そこへ熊谷の次郎直実が追い駈けてきたので敦盛も馬を引き返すと、馬上で刀を抜き二打、三打と打ち合い組み打ちとなります。敦盛はその時を再現します。
そして波打ちぎわに二人重なって落ち、敦盛はとうとう打たれ命を落としたのでした。
因果が再びめぐりあい蓮生の前に現れた敦盛は最後にこう感謝します。
「敵と思ったのに、あなたは仇を恩で報いて弔ってくださった。だから最後はきっと私と共に極楽浄土に生まれるはずです。あなたの名前にも「蓮」の一文字があります。蓮生法師、あなたは敵ではなかった。どうぞわがあとを弔ってください。」

cast
シテ 林 宗一郎
前ツレ 味方 團 田茂井 廣道 河村 和貴
ワキ 原 陸
間狂言 茂山 忠三郎
後見 松井 美樹 笠田 祐樹
囃子 (笛)森田 保美 (小鼓)曽和 鼓堂 (大鼓)石井 保彦
地謡 深野 貴彦 松野 浩行 齋藤 信輔 今村 哲郎 河村 浩太郎 樹下 千慧

Photo by 人見写真事務所

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